紙一重

 洋一の柔らかい手が、ぼくの尻を優しく撫でる。生温かい唾液で肛門は脈打ち、待っていられない。液体で体温を喪った冷たい指を、乱暴に挿入される。前立腺に電気が走り、肛門が緩む。
 恍惚に弾けて意識は朦朧。瞼の裏は底なしに白く、何が自分のからだに入っているのかわからない。時折、洋一のペニスが口唇に当てられ、ぼくはそれを夢中で貪る。
 快感に身を委ね力が抜ける。ぼくの首を掴む洋一の手。無骨な指は強力な握力で、しなやかにぼくを絞めつける。次第に肛門以外の感覚も麻痺していき、ぼくはいつの間にか気を失う。
 気がつけば、ぼくの背中にはどろりとした液が洋一の熱を保ってべたついていた。目を醒ましたぼくの瞼に洋一はキスしてくれる。それからぼくのペニスを握ってくれる。
 ぼくは気持ちを盛りあげるために、洋一との夜を頭に浮かべていた。由美子は、何を感じ取ったのか「Hするときに、他の女の子のことは考えないで」とぼくに言ったが、他の男のことだからまあいいだろう。
 実際、由美子の変な臭いのする、薄汚い桃色にめくり上がった裂け目は、ぼくをまったく刺激しなかった。由美子は他の女に比べると痩せているほうかも知れないが、脂肪だらけの乳房を見ただけでぼくは、彼女にメスブタを想像してしまう。ブタの柔肌に口唇を這わせるなんて……気持ち悪い。
 皮を剥いて、中途半端に刺激を与えるだけで由美子のクリトリスは充血し、汗のように粘液を吹く。女のからだは単純すぎる。
 義務的にぼくは亀頭で肉を押し分けた。洋一との夜の想像がぼくのペニスを硬くしていたので、なんとか入った。微かな喘ぎ声が耳に入る。しかし、男のからだはまともに使うと、女よりもまだ単純だ。入れて、抜いて、出す。それだけ。よくもまあ、金を払ってこんなことをしたいと思う奴もいるもんだ。
 いった証拠に由美子のクリトリスが、死にかけた蛆虫のように動く。ぼくは手でしごいて、由美子の腹に射精する。洋一もこうやって、ぼくの背中に出すように、由美子の腹に射精しているのだろうか。
 これはぼくの肛門を、自分のペニスの形にしておきながら捨てた男への復讐だ。


「おまえなあ、いいかげん男になれよ」
 洋一はそう言って、由美子の写真をぼくに見せた。
「おれがホモだって? そんなこと、本気にしてのか。たしかに男を抱くのはおもしろいさ。ただし、女を抱くのと同じくらいにな。でも、裸に見とれるのは女のほうに決まっている。男の裸は子供の頃から見飽きている」
 ……抱くのはおもしろいさ。
 愛することを単なるゲームと洋一は言った。
 洋一に対する憎しみがはっきり浮かんだ。


 洋一がぼくにぬけぬけと紹介してしまった由美子を落とすのは容易なことだった。
 由美子は洋一をすでに手にしている。それは洋一の魅力を半減させていた。
 洋一の隣に座れば、どんな男だって由美子の目には魅力的に映る。彼氏の隣に座った男と恋をするのがタブーだからだ。
 洋一は由美子を束縛しようとしていたし、ぼくには無警戒。そのうえ、ぼくは洋一とは正反対の男だ。
 二度目に由美子と会ったとき、洋一の姿はなかった。ぼくが洋一の手帳から抜き出した由美子のアドレスを使って電話をすると、由美子はのこのこやってきた。
 その日、早速由美子にぶちこんだ。女を抱くのははじめてだったが、男に抱かれる喜びは女以上に知っている。
「こんなセックス、はじめて」
 由美子は、ぼくが童貞だとも知らずに呟いた。


 ワンルームの部屋はすぐにベットが視界に入る。
 ドアを開けたまま、洋一は立ち尽くしていた。
 由美子はバカな女だ。同じ部屋に、自分の彼氏がいるのに、気づかず悶えている。
 ぼくはからだを動かすのをやめ、息を整えた。洋一は、目の前の光景を信じられないらしく、命のない目をして空を見ている。由美子の喘ぎ声だけが、部屋中に広がる。
「ねえ、どうしたの。もっとしてよ」
 由美子はまだ気づいていない。玄関先が明るくなったことすら、目に入っていない。
 ぼくは洋一を見据えた。
「見てよ。ぼくも男になったよ。もう少しで終わるから、そこで待っててくれないかな」
 ぼくの惚れた洋一の力強い肩が、激しく震えている。ぼくの肛門になんどもキスをした口唇が、醜く歪んでいる。
「おまえ、なんということをしてくれたんだ!」
 マンション中に響くような声で、洋一が言った。
 すべてがはっきりした。
 ぼくは勝ったのだ。
 単なるゲームと笑いたいなら笑えばいいが、容赦する気はない。
 あれほど愛していたのに、それをゲームだと笑った洋一がぼくは許せなかった。
「洋一くん! ご、ごめんなさい」
 洋一の大声で、やっと玄関に立ち尽くしている男を確認した由美子は、焦った手つきでバタバタと毛布でからだをくるみ、ベットの下に崩れ落ちた。
「ごめんなさい」
 裸で土下座をしている。
 これだから女はダメだ。弱すぎる。
「あたし、浮気をしたいとか、二股かけたいとか、そういうつもりじゃなかったの……お願い、信じて。洋一くんと結婚する前に、他の男の人も知っておきたいなと、魔が差しただけの」
 洋一が、なんということをしてくれたんだと言った「おまえ」を、由美子は自分のことだと思っているようだ。
 どうして、女はここまでバカなんだろう。洋一が「おまえ」と言ったら、それはぼく以外の誰でもないことに、なぜ気がつかないんだ。
「由美子はいいんだよ。服を着て早く帰りな。おれはこいつと話があるんだ」
 由美子はベットの脇に放りだしてあった服を身につける。華奢なからだのぼくに不安な視線を送りながら。
「洋一くん、手荒なことはしないでね。あたしも悪かったんだから。この人とはお友達なんでしょう」
「わかってるよ。あとは男同士の話だ。とにかく、帰ってくれ」
「ごめんなさい……それじゃあ、また」
 由美子は泣き顔のまま、部屋を出て行った。
 とたんに部屋が沈黙に包まれる。
 洋一はどこから切り出せばいいのか迷っているらしい。頭の中で言葉がもつれているようだ。
 洋一は傷ついている。なんて美しいんだろう。
 短い睫毛が涙で光っている。刈り揃えた眉は小刻みに、まるでそこだけ別の生き物のように動いている。太い指も魅力的だ。
 このまま髪をかきあげる仕草をしてくれれば、由美子との行為中の勃起が持続しているぼくは、射精してしまうだろう。
「洋一、苦しい?」
 彼をもっと苦しませたい。ぼくのサディズムな感情が、思ってもいないことを口にさせた。
「ああ、苦しいさ」
 細い声でそう言うと洋一は、両手でぼくの首を掴んだ。
「苦しいんだよ。苦しすぎるんだよ、この野郎! おまえみたいな奴に、おまえみたいな奴に、まさか、苦しめられるとは思わなかった」
 懐かしい洋一の強い握力、ぼくはうっとりする。
 頭の血管が破裂しそうだ。瞼は真っ白。やっぱりぼくには洋一しかいない。最高だ。このまま、目覚めなくてもいい。遊び場と墓場は紙一重なんだから。

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